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一枚絵で書いてm@ster 第7回提出作品「楽園の場所」

というわけで第7回提出作品です
今回はコミケで色々な本を買ってきて いろんな作品をみて気力充実させてもらって
自分でも色々さらに挑戦したいという意欲でやってみました
いつもよりちょっと長いですけど みてもらえたらなと


 世の中には常識というものがある。
 誰が決めたか、実の所誰も知らない。
 ただ、当たり前の様に常識は存在する。
 その当たり前から外れる物は、『非常識』として大抵世の中から奇異の目で見られたり、疎外されたりするものである。
 
 例えば、人が空を飛ぶことが当たり前の世界で、飛べない人間がいたら……

 如月千早は、むき出しの大地にしっかりと足をつけ、空を見上げる日々を送っていた。
 見上げた青い空に存在するのは、まばらに散らばる白い雲、賑わう町並み、自分専用の『翼』で行きかう大勢の人々。
 日々の営みが、当然のように空に存在していた。
 しばらく空を眺めてため息をついた後、千早は自分が踏みしめている地上に目を向けた。
 空の賑わいが別世界であるかのように、地には何もなかった。
 荒涼たる大地には、癒しのかけらもなく、その寂れた大地にぽつんと一軒の粗末な家が立っていた。
 そこが、千早にとって帰れる唯一の場所である。
 空を見上げ、ため息をもう一度ついた後、千早は帰るべき家に向かって大地の硬さを感じながら歩き出した。

 軋む音が少し気になる木の扉を開けると、殺風景な部屋の中で唯一温かみがある存在が千早を出迎えた。
「千早ちゃん、おかえりなさい」
 千早と共にこの粗末な家で暮らす三浦あずさは、千早の姿を玄関に見つけると、裁縫をしていた手を止めた。
「ただいま」
 空を見上げていた暗い表情とはうって変わって、千早の表情は心なしか緩み、声色も穏やかなものになっていた。
 千早は台所に行き、コップに冷たい水を汲むと一気にそれを飲み干した。
「また、空を見ていたの?」
 あずさの何気ない質問に、千早の動作が止まる。
「……はい」
 あずさの方には振り向かず、千早はただ小さくそれだけ答える。
「千早ちゃん、お空が好きだから」
 いつもと変わらない穏やかな口調なのだが、千早はその中に寂しさが混じっていることを知っていた。
 自分も空に憧れているように、あずさも空に憧れがあるのだから。
 だけど、それは適わない望み。
「空は、綺麗ですから……」
 空はどこまでも澄んでいた。荒れ果てた地上の空しさとは無縁の、心が洗われる青い空。
 だが、そこに住む人々の多くは……。
 空のコップをもって立ちすくんでいる千早の耳に、かすかだが大気を切り裂く独特の『翼』の音が聞こえてきた。
「この音は……、響ちゃんと貴音ちゃんね」
 どうやらあずさも気づいたらしく、作りかけの服を作業台に置いた。
 『翼』の音が止んでしばらくすると、木の扉がノックされる。
「はい、今いきますよー」
 パタパタと足音を立てて、あずさが来客を出迎えるために玄関のドアを開けた。
 あずさと千早の予想通りの人物が、扉の向こうにいた。
「おーっす、千早―、あずさー」
「三浦あずさ、如月千早、息災でしたか」
 露出度の高い服を着た、快活そうな少女、我那覇響。
 響と対照的に、落ち着いたドレスを身にまとう神秘的な女性、四条貴音。
 二人は、千早とあずさと交流のある、空の住人だった。
 それを証明するかのように、響と貴音の後ろには、彼女達の『翼』が無言で存在を主張していた。

 この世界では、人々に自分の『翼』が授けられる。
 響の『翼』は、ボード型の【イタ太郎】
 貴音の『翼』は、箒を模した【ムーンレイス】
 人々はそれらを当たり前のように受け入れ、空が自分たちの世界であることにまったく疑いを抱いていなかった。
 仮に疑いを抱いたとしても、好き好んで草木も生えぬ地上に降りようという人間はほとんどいなかった。
 空には自然があり、生活があり、自由がある。
 何もない地上に縛られる人など、変人以外の何者でもなかった。
 その翼を与えられず地上に縛られる千早とあずさは、多くの人々から【変人】扱いされていた。
 その中で、響と貴音はそんな多くの人々とは違い、千早とあずさに対して他の人々と同じように接してくれる数少ない友達であった。

「ほいっと、今日はおいしい果物持ってきたぞ」
 響は翼から大きな袋を取り出すと、 無造作に床にどさりと置いた。
 その弾みで、袋からみずみずしい果物が顔を覗かせた。
「いつもありがとうね、響ちゃん、貴音さん」
「いいのですよ、こちらもお世話になっておりますので」
 貴音は、あずさが入れた茶を優雅に一口飲みながら答える。
 響と貴音は、特に用事がない限りこうやって日に一度は千早とあずさの家を訪れ、他愛ない話をしたり、地上では手に入らないものを差し入れにもってきたりしていた。
 あずさも千早も、二人には気を許しているのだが……
「毎日来てくれるのは嬉しいんですが……」
 千早は、心から二人の訪問を喜んでいたのだが、同時に不安も抱いている。
 自分たちが、空の住人からどう思われているのか知っている。
 そして、その自分達と付き合う響と貴音が……
「如月千早、無用の心配はしないことです」
「そうだぞ、自分達は好きで来てるんだっていつもいってるだろ」
 千早の不安は、響と貴音にとっては簡単に見透かせるものであった。
「ええ……」
 そう答えた後、千早は壁にかけてる時計に目をやった。
「すみません、時間なので行ってきます。二人はゆっくりしててください」
 千早は、椅子からすっと立ち上がった。
 そんな千早を、響が心配そうな目つきでみつめる。
「なぁ、千早。食料とかはきちんと自分達が持ってくるんだから、あんなこと……やめないか」
 響の言葉に、千早は「ありがとう」とだけ答えて、外に出て行った。
「なんで、千早はあんな奴らのためにっ!!」
 響の拳がテーブルに叩きつけられ、ミシリと抗議の声を上げる。
「私が、不甲斐ないから……」
 あずさが目線を伏せる。
「響、あずさ、千早は誰かために動いているのではありませんよ」
 一人、貴音は表情を崩すことなく二人を見据えた。
「彼女は、空へ届くものを知っているから」
 
 家の近くにある丘に千早はいた。
 この場所は、空に少しだけ近づける場所。千早が好きな場所の一つであった。
 千早がその丘に姿を見せると、たちまち空に人々が集まってきた。
 千早は、そんな人々には目をくれず視線は青い空を見つめたまま、空に届くように歌を歌いだした。

 千早が歌う間、集まった人々は騒ぎ出す。
 その騒ぎは、千早の歌に感動して……のものではなく、奇特な地上人を揶揄する下品な乱痴気騒ぎだった。
 空の人々にとって、地上に足をつけて生活するものなど、珍しい生き物程度の認識ではなく、そんな人間が見世物のように歌うことに対して楽しんでいるのだ。歌い手ではなく、ピエロを見るような目つきで。
 そんな地上のピエロに向かって、小銭が投げつけられる。おひねりのつもり、もしくは哀れなピエロに対して慈悲深い恵みのつもりなのだろうか。
 勢いよく投げつけられた小銭の一つが、千早の額に直撃する。
 千早の額から血が流れ、白い肌を流れ汚していく。
 それでも千早は、歌をやめない。
 どんなに悪意の声に晒されても、どんなに身も心も傷ついても、自分の歌が空に届いていることを知っているのだから。
 
 歌が終わり、興味をなくした聴衆が去っていった。
 千早は無表情に、投げられた小銭を拾い集めていく。
 自分のためだけなら、こんな事はしないだろう。こんな穢れた銭を拾うなどということは。
 それでも、千早は黙々とお金を集める。 家で待つあずさに何を買うか思い悩みながら、心配してくれる響に謝りながら、自分の行為をおそらく理解してくれると思う貴音に感謝しながら千早はひたすら小銭を拾い集めた。
 そんな地面を見つめる千早の視界に、自分以外の腕がはいってきた。
 いつも見ている、包容力のある優しい腕。
「あずささん……我那覇さん……四条さん……」
 顔を上げると、そこにはあずさだけてなく、響と貴音もいた。
 こんな姿を見られたくないから、千早はいつも三人にここには来ないでくれと懇願していたのに……。
「千早ちゃん、辛い事は一緒にしようっていったわよね」
 あずさが、手に持ったハンカチで千早の血と砂埃で汚れた顔を拭う。
「やっぱり、ゴミ拾いはきちんとしないとだめだもんな」
「千早の手ばかりを汚すわけにはまいりませぬから」
 響も貴音も、腰をかがめ小銭を拾うのを手伝う。
 空の住人にとって、汚れた大地にきちんと足をつけ、大地に巻かれた人の汚さを拾う。
 不浄な物であっても、ここにいる4人は決して穢れていないことは、見る人がみれば明らかであった。

星が夜空に窮屈そうに並んでいる夜だった。
上空に人がいないことを確認し、千早は静かに歌い出す。
それは人を起こすことを躊躇って静かに歌うのではなく、夜空の静寂にあわせた歌を千早は届けたいとう心遣いだった。
**
**
心汚れた観客はなく、星達だけが瞬いて静かな拍手を送ってくれるのが、千早にとってなにより最高のステージだ。
お金なんていらない。ただ聞いてくれればいいのだ。
千早の歌は、静かな空のためだけに存在するのだから。
だが、その日星空は静かな拍手だけでなく千早に一つの贈り物をすることにしたようだった。
 歌が終ったと同時に星が一つ流れ、千早のいる場所からさほど遠くない場所に落ちた。
 流れ星自体、そこまで珍しい現象でもなかったのだが、その時の千早は何かに呼ばれるかのようにその落ちた流星に向かって走り出していた。
 5分程走っただろうか。千早は流れ星が落ちたと思われる場所に、月明かりに反射する物を見つけた。
 かがみこんで、慎重に地面を見つめるとそこには小さなペンダントがあった。
 念のため、かがみこんだまま空を見上げるが、空には人の姿も建造物も何もなかった。
 恐る恐る、千早は指先にその落ちているペンダントを載せる。
 別に熱かったり、爆発したりといった害をもたらすわけでもなく、千早は月明かりだけを頼りにそのペンダントをまじまじと見つめた。
 装飾こそ少ないが、はめ込まれた蒼い宝石は見事なまでに磨かれており、この薄暗い明かりの中でも千早の姿をちらりとその蒼い輝きの中に映し出していた。
 しばらくそのペンダントを見つめた後、千早はそのペンダントを懐にしまいこんだ。
 自分の物にしようとする意図はない。ただ、空からのものである以上――地上の誰かの落し物というのはこの際考えなくてもいいので、空の誰かの落し物の可能性は充分高いので、明日響と貴音に相談して、しかるべき所に届けてもらうつもりだった。
 懐にしまっても、その輝きは千早の脳裏から離れることはなかったが。

 帰宅した千早を出迎えたあずさは、千早の様子が微妙に違うことにすぐ気付いた。
「千早ちゃん、何かあったの?」
「あ、実は……」
 千早は懐を探り、拾ったペンダントがなくなっていないことに安堵した後、それをテーブルの上にそっと置きあずさに事情を話した。
 事情を話している間、あずさの視線は千早ではなく、テーブルの上のペンダントに――あずさにしては珍しく険しい表情で向けられていた。
 当然、そんな珍しい表情をしているあずさに気付かない千早ではなく、事情を話すのを一度中断した。
「あずささん?」
 少し怪訝そうな顔で千早は尋ねる。
「あら、何千早ちゃん」
「いえ、何かあずささんが少し恐い顔をしてたので」
「あらやだ、そんなに恐い顔してたかしら」
 あずさの表情がいつもの柔和なものに戻るが、相変わらず視線だけはずっとテーブルの上に注がれたままだった。
「あずささん、このペンダントについて何か知っているんですか?」
 千早の声に、あずさの表情が少し変わる。どうやら千早の問いかけは図星だったようだ。
「ええ、ちょっとね……」
 やっとペンダントから視線を外し、千早の方に向き直るとあずさは歯切れの悪い返事をした。
「何かこのペンダントに悪い事でも?」
「私も詳しい事まではわからないの。多分貴音さんなら詳しい事を知っていると思うわ」
「四条さんが?」
 たしかに、貴音は色々な知識を――それも神秘的な類のものは特に詳しくもっていて、千早もあずさも、それに響も驚かされる事が多かった。
 素性については、皆そこまで詳しく追求しないのでわからないが、貴音は知識人階級の人なのだろうというあずさと千早の見解でとりあえず納得していた。
 このペンダントに何か秘密があるというなら、確かに貴音に聞くのが最善かもしれない。そう割り切ると千早は、あまり使わない装飾具入れにペンダントを大事にしまった。
「それじゃ今日は遅いから寝ましょうね」
 あずさはそういうと、いつもと変わらないゆったりした動作で寝室に向かう。
 千早は、あずさが寝室に消える直前つぶやいた言葉をみのがさなかった。
「どこに導くというの……」とつぶやくのを。
 
 
「へぇ、綺麗なもんだなぁと」
 次の日、いつものように訪れた響と貴音の前に、千早は例のペンダントを二人に事情を交えて見せてみた。
 響は無造作にそのペンダントをつかむと、口をあけて純粋にそのはまっている宝石の美しさに見とれていた。
 そして貴音の方といえば、昨日あずさが見せた険しい表情以上に難しい顔をして、響が無造作に掲げているペンダントをじっと見つめていた。
「如月千早、流れ星が落ちた場所にこれがあったのは本当なのですね?」
「ええ、流れ星を追っていたらこれが」
 貴音の声にも、いつになく真剣さが篭っていて千早は、あのペンダントの持つ意味がかなり重い事を悟っていた。
「三浦あずさは、知っているのですね」
「ええ、多少ですけどいい伝えは……」
「みんな、何そんな恐い顔してるんだ?」
 一人事情をあまり理解してない響は、不思議そうな顔でペンダントをもてあそびながら三人を見回した。
「伝承の通りなら……」
「ええ、如月千早には選択する必要があります」
「……選択?」
「なー、みんなー、何難しい話してるんだよー」
 約一名を除いた、三人の視線が交錯した。
「四条さん、詳しく説明してくださいっ」
 千早は、身を乗り出す勢いで貴音に迫る。
 その千早の願いに、貴音はこくりと頷いて昔話を伝えるように語り始めた。
「これは言い伝えの話ですが、過去神々は迷える人々のために道しるべを残したといいます」
 貴音が語り始めると、千早はもちろんあずさも、騒いでいた響もただならぬ空気を感じてごくりと唾を飲み下した。
「様々な形で神々は標を残したといいますが、その中でも伝承として特に残っているのは流星の宝石の話です。北から流れた星から生まれた蒼く輝く石こそ、迷える人に道を示すものだと」
 一度貴音は言葉を切って、じっと千早を見る。
 千早は貴音の言葉をゆっくりと心の中で反復した。
 たしかに、あの日流れた星は北から流れたものだった。
 そして、蒼い宝石……
「ただ、たしかに伝承では流れ星の宝石は道標だとはいわれていますが、その道の先に何があるかは伝承は伝えていないのです。そして、その道が決して平坦なものではないでしょう」
 貴音はゆっくりと出されていたお茶を飲み、千早の反応を待つようにちらりと千早を見る。
「道標……」
 千早はうつむいて、ぼそりとつぶやく。
「伝承はもっと詳しく色々伝えていますが、重要な部分はその部分。これをどう判断するかは、如月千早、貴女次第ですよ」
「千早ちゃん……」
 心配そうに千早をあずさは見つめるが、千早は押し黙ったままうつむいている。
「なーなー、よくわかんないけどとにかくこのペンダントがどっかに連れて行ってくれるってことだろ?」
 この場で唯一空気の違う響が、ずいっと三人の前にペンダントをつきだす。
「響、事はそう簡単ではないのですよ」
 たしなめるようにいいながら、貴音は響からペンダントを取り上げると、それを千早の前に置いた。
「どう判断するかは、如月千早、貴女次第ですよ」
 先ほどと同じ言葉を、貴音は千早に投げる。その言葉は、選択を強制するものではなかったが、千早の心に、鉛のように重くのしかかってきた。
「私は……」
 自分は何に迷っているのだろう。空に憧れるだけの自分が、求めるもの、それは……。
「千早ちゃん」
 答えにつまる千早に、あずさが穏やかな表情で話しかける。
「あずささん……」
「千早ちゃんがどんな選択してもね、千早ちゃんが嫌じゃなかったら……私は千早ちゃんのお手伝いするわよ」
「何か面白そうだしな。もし千早がどっかにいくっていうなら自分もついていくぞ」
「我那覇さんも……」
 あずさにしても、響にしても決して千早に決断を迫っているわけではない。ただ、自分に正直なだけなのだ。
 何があっても千早といたい。その気持ちに従っているからこそ自然に出てきたのそれぞれの答えだった。
「如月千早。今すぐ答えを出す必要がないのですよ。ただ、私も貴方が進むなら、その後ろについて参りましょう」
 貴音も、いつもと変わらぬ口調で、それでいてしっかりと言葉に力を込めて千早に自分の気持ちを贈る。
 あずさの想い、響の想い、貴音の想い。全てが軽いものではなく、その重さに千早は戸惑うばかりだが、その想いは荷物ではなく、千早はそれを背負う必要はなかった。
 その想いは、千早を支えてくれるものなのだから。
「あずささん、我那覇さん、四条さん」
 千早はテーブルにおいてあるペンダントをしっかり握り締め、口に真一文字に結んだ決意の表情で立ち上がった。
 他の三人は、思い思いの表情で千早を黙って見つめる。
「私はずっと歩いてきました。……この歩いてきた足で、もっと遠くに行こうと思います」
 その先の言葉はなかったが、三人には千早の進むべき道がしっかりと見えていた。

 
 その日の夜――
 千早とあずさは、旅装束を調えるために狭い家を――千早は黙々と、あずさはといえば、あらあらといいつつのんびり動き回っていた。
 ペンダントの示す道標が遠くに旅立つという道を示すという保障はなく、千早の行く道が近所へのピクニック程度になる可能性や、そもそも伝承がただの都市伝説ですらある可能性すらもあるのだ。
 それでも、何か遠い旅路になる、という予感千早とあずさ、それに一度空に戻った響と貴音も感じていた。
 響としては、半分旅行や冒険気分だったのでそれが無駄になろうとも、そのままどこかに行こうという気分であったし、貴音にしても「備えあれば憂いなしと申します」といっていたので、今頃は千早とあずさ同様念入りに準備をしているのだろう。
 あらかた準備が終った千早は、あらためて家の中を見渡す。
 質素ながらも、温かみを今まで与えてくれた我が家。
 千早は、これもなんとなくだがこの家との別れの予感を感じて、狭い家の中にいるのにも関わらず、遠い場所を見る目になっていた。
 あずさなどは、「帰ってきたらゆっくりしましょうね」といって旅装束を調えた後、念入りに部屋の掃除をしたり、寝室を整えたり、所せましと動き回っていた。
 そんな準備もひと段落したところに、タイミングよく響と貴音が現れた。二人とも、旅の準備は万端といういでたちで(貴音の方はドレス風の服で旅に向いてるとはいい難いが、貴音のことだから何かあるのだろうと皆納得していた)あずさと千早を待った。
 家を出て、扉に鍵をかける千早。そして、首にかけたペンダントを右手で握り締める。
「如月千早、準備はよろしいでしょうか」
 貴音の問いかけに、千早はくるりと振り返りしっかりと頷いた。
「なら、そのペンダントを掲げて目を閉じてください。そして、道を示せと願うのです」
 貴音に言われた通り、千早は首からペンダントを外し、満天の空に向かってゆっくりと掲げ、静かに目を閉じた。
 静かな夜と同じように、千早の心も静寂に包まれる。
 自分の進むべき道、自分の未来。漠然としていた思いが一つの形になり、その形が意思となってペンダントに流れ込んだ。
 夜空に浮かぶ月から、一条の細い光が千早の持つペンダントに吸い込まれ、その光が跳ね返り、まっすぐ北を指し示した。
「進むべき道は、示されたようですね」
 貴音の言葉に、千早はゆっくりと目を開ける。
「千早ちゃん」
「千早」
「如月千早」
 あずさも、響も、貴音も動かない。千早が動くまで動かない。
千早は、一度三人の顔をそれぞれじっと見た後、足を一歩踏み出した。北へ向けて。
そして、その後を追うように、あずさも、貴音も、響も自分の足で歩き出した。

「そうか、伝承の通りというわけだな」
千早達の家から少し離れた空の上に、小型の戦艦が鎮座していた。
 その戦艦の艦橋内のスクリーンから、北にのびる光を確認して、艦橋の一番上段に座り、片肘を肘掛にかけた男がつぶやいた。
「黒井様、いかがいたしましょうか?」
 隣に控えた副官といった出で立ちの男が、横に座る男の方を向き指示を待つ。
「しばらく泳がせろ」
 それだけを伝えると、黒井と呼ばれた男はフフフとスクリーンを見ながら笑いを漏らした。
「伝承が示すものか……その先にある財宝は私の物だ」
 

 千早達一行は、むき出しの大地を決して急がず、しっかりと一歩一歩自分の足で・歩・・・・いていた。
 翼を持たぬ千早とあずさは当然として、翼が有る身の響と貴音もしっかりと自らの足で、空の人にとっては不浄に取られている大地を踏みしめていた。
 単純に急がない旅というのもあるのだが、響と貴音が不慣れな地上の歩行で、どうしてもゆっくり歩むしかなかったというのもあった。
 もちろん、空の住人にとって当たり前に存在する翼を手放したわけでもなく、しっかりと二人の翼は存在していた――どうしても、地上には必要物資というものが致命的に不足していて、空に物資を求める必要があるのでその時ばかりは空に二人は舞い上がった。
 慣れぬ歩行で足にはまめができ、決して早くない歩みでも足にかかる負担で痙攣しても、響と貴音は弱音一つはかずに楽しげに談笑しながら足を進める。そして、当然二人より歩きなれている千早とあずさが、機を見計らって休憩をいれていた。
 そんな何度目かの休憩の時、思い切って千早は足の治療する二人に胸にためていた疑問をぶつけることにした。
「なんで空を飛ばないのかって?」
 足に薬を塗る手を止めて、響はきょとんとした表情で千早をみた。
「ええ、二人はやっぱり歩くのには慣れてないですし、私たちに遠慮があるなら……」
 千早は、旅の始めから当然のように歩き始めた二人に徐々に後ろめたさを感じていた。自分達が枷になって、二人の翼を奪っているという事実に。
「如月千早、これは私たちの選択なのですよ。貴女の旅に着いて行くという選択と同様です」
「ちょっと遅くなっちゃてるから迷惑か?」
「いえ、逆に私達が迷惑をかけているのかと」
 千早の視線は、どうしても響と貴音の足に吸いつけられてしまう。
「あずさはどう思ってるんだ?やっぱり自分達は迷惑か?」
 響は、だまって会話を聞いていたあずさに話を向けた。
「私も……たしかに千早ちゃんと同じ事を考えていたわ」
 あずさにしては珍しく少し険しい表情だったが、すぐに柔和な表情にもどって言葉を続ける。
「でも一番大切なのは、私も、千早ちゃんも、響ちゃんも、貴音さんも……みんな一緒にいられることだけだから」
 あずさの答えになっているのかなっていないのか解らない言葉だったが、その言葉に納得したかのように貴音はコクリと頷いた。
「それに、これは私達の選択と言いましたが、私達には私達の旅があるのですよ、如月千早」
「四条さん達の……旅?」
「単純に、歩いてみて面白いなーってのっもあるけどな」
「何故、人は空を飛んでいるのか……疑問に思った事はありませんか?」
 貴音は、自分の足をじっと見た後、顔をあげて千早の瞳にに視線を戻す。
「それは……」
 人は当たり前に空を飛んでいる。それに疑問を挟んだことは一度も千早はなかった。自分が飛べないことにさえも、疑問をもったことは一度もなかった。飛びたいと思ったことはあっても、何故飛べないかということに対しては……。
 ただ、自分達は当たり前から外れているという思いしかなかったから。
「空を飛ぶのが当たり前なのに、何故大地が存在しているのか。何故、如月千早達のように地にいる人がいるか。常識だけで物事を測ることに飽きたのですよ」
 目を閉じて、貴音が微笑む。
「まぁ、ぶっちゃけ暇つぶしみたいな感じだな」
 こちらは豪快に笑って、場の重くなった空気を響は一気に吹き飛ばす。
「私も、みんなと一緒に何か見つけられたら素敵ね」
 あずさも、口元に手をあててフフっと微笑む。
 千早も、その空気に安らぎを覚え固くなった表情を崩し、空を見上げる。
 この素晴らしい大事な人々ならきっと何か見つかるという、根拠はないが、絶対的な確信を千早は小さな胸にこの時抱いていた。

 その「何か」を見つけたのは、旅を再開して数日後の事だった。
 何も変化がなかったはずの、茶色一色の景色に変化が訪れたのだった。
 変化、というにはあまりにも乏しいほどの事だったが、その地位さな変化が、常識に囚われていた一同に与えた衝撃は大きかった。
「あれは……」
 一色に塗りつぶされていた地面のキャンバスに、緑色の染みがついていたのだ。
 それを最初に見つけた千早が、はじかれたように走り出し、そこで確かにつまらない大地に変化があることを自分の目ではっきりと確認した。
「こんなところに……」
 地面にしゃがみこんで、その緑の染みにゆっくり千早は手を伸ばす。
 その緑の染みは、名も知らぬ花だった。
 他の三人も、その花を見て、三者三様に驚きの表情を見せる。
 たとえ小さな花でも、不毛の大地に生きる物がいる驚き。寂しい大地に初めて見つけた美しさ。
「空にいたら、ずっとこの事に気付かなかったのでしょう」
 貴音も、その地面に咲いた花を愛しく撫で、土と混じる匂いを身体中に吸い込んだ。
「強いんだな、こんな大地なのに」
 響も花の葉に触れ、たくましく生きる生命の鼓動を心に感じた。
「みんな、がんばって生きているわ」
 あずさは、ゆっくりと水筒に入った水をその花にかけてやる。
 花は、そんなあずさにお礼をするように葉を揺らし、瑞々しく輝いた。
 そんな強く、美しく生きる花の姿に千早の心に根付く心の花にも水が与えられる。
「あずささん」
「なぁに、千早ちゃん?」
「私達も、負けていられませんね」
「ええ」
 揺らがない瞳の千早と、包み込む瞳のあずさ。二人の瞳の煌きは大地に咲く花の強さに負けないものだった。

 
「ほう、見捨てられた大地にあんなものがな」
 艦橋の椅子の肘掛に肩肘をつきながら、黒井はあまり品がいいとはいえない笑みを浮かべていた。
 千早達が見つけた花が、戦艦のスクリーンに拡大されてうつされている。
 もっとも、地面に這いつくばる愚か者のように、黒井はその花の美しさを一切認めることはなかった。
 黒井にとっては、そこに花があったという事実だけが必要であって、もし黒井が地面に足をつけて歩いていたなら、一顧だにせず踏みつける程度の存在でしかなかった。
「近いということだな」
 黒井は、大地をこれ以上見る意味を認めなかった。
 大地には、黒井の求めるものはないのだから。

 
 ひたすら歩き続ける千早にも、予感だけはあった。
 旅の終着点が近いという予感。
 自分が求めている物がそこにあるという予感。
 そして、それに比例して希望が膨らむ――という単純な図式が出来上がるわけでもなかった。
 苦しくも楽しい旅が終るという寂寥感があった。光が指し示すものが本当に自分が求めている物かという不安があった。
 それでも、千早の足は止まらない。自分を信じて、背中を押してくれた仲間の手のぬくもりを裏切れないから。
「そろそろですか」
 そんな千早の心を察したのか、貴音がぼそりとつぶやく。
「はい、うまくいえませんけど」
 千早の指が、無意識に胸にかけたペンダントをなぞる。
「千早ちゃん、きっといいものが見つかるわよね」
 あずさの表情に一抹の寂しさを感じたのは、千早の気のせいではないだろう。あずさも、この旅が終ることに寂しさを感じているのだろう、と千早は思った。
「でも、楽しかったけどあまり事件とかなかったよなぁ」
「響は何を期待しているのですか……」
 頭の後ろで腕を組み、口を開けて笑う響に対して貴音がため息をつく。
「そりゃ、こーんなでっかい巨大怪獣とか、悪の帝国とかさー」
 組んでいた腕を頭の上で広げ、楽しそうに響は語る。
「それも楽しそうだけど、出てきたらちょっと困っちゃうわね」
半分本気で困ってるような表情であずさが響に応える。
「ふふ、我那覇さんも、あずささんも」
 本当に、この楽しい旅がいつまでも続けばいいのにと、千早は心の底から願っていた。
 そして、終わりというのは唐突にくるものでもある――

 最初にその存在に気付いたのは千早だった。
「あれは……」
 まだ、遥か先だったが……何かの小さな光が地面に浮いていた。
 太陽の輝きとは違う光だが、その小さな光は遠くからでもわかる位の強い輝きを放っていた。
「希望の光……」
 千早の隣に立った貴音が、目を凝らしてその光を見つめる。
「希望の……光?」
「はい、よくある伝承ですが……見捨てられた地に残されたものが一つ。それが希望の光。その光は、残された人一人を希望の地へ導く光だと伝えられています」
「一人……希望の地……」
 自分が導かれる、憧れの空なのだろうか。千早は胸の鼓動が早くなるのを感じると同時に、その胸に棘が一本刺さり、鋭い痛みを千早の心に植えつけた。
 棘の正体を千早は知っている。
 ちらりと、千早はあずさを恐る恐る見てみた。
 あずさは、貴音の話を聞いた後でも相変わらず、いつも千早が癒される穏やかな表情で笑っていた。
 口にはださないが、あずさの性格上、千早の望みが叶うことを純粋に喜んでるのであろう。
 たとえ空に昇ったとしても、それに意味があるのか?
 空にも出会いがあるのかも知れない。
 それでも……
一歩を踏み出すこどか出来なくなった千早の肩に、ぽんと柔らかく暖かい手が置かれた。
はっと振り返ると、そこにはあずさがいて、じっと千早を見つめていた。
「あずささん、私……」
 自分の心が読まれていたのだろうか。千早は不安を湛えた瞳であずさを見返す。
 あずさの優しい目が、この時ばかりは自分の奥底まで見透かして、飲み込むような恐怖に千早は陥っていた。その光景は、千早の罪悪感が映し出す虚像でしかない。
 それを教えてくれたのは、あずさ自身だった。
「千早ちゃん、歩きましょう」
「でも、あずささん、私は」
 震えながら、千早は首をぎこちなく横に振る。
 あずさは、両の手で千早の頬を包み込んで、自分の方に千早の顔を向かせた。
「千早ちゃん、私は千早ちゃんの足枷じゃないわよね?」
 あずさの言葉の一言一言が、重く千早にのしかかる。
「そんな、私はあずささんがいなかったら……」
「私も、ずっと千早ちゃんと歩んできたわ。だから離れることなんて考えたことなかった。でもね、千早ちゃんが望む場所があるなら、離れる勇気だってもてるはずよ」
「そんな、そんなっ」
 千早の目から、涙がこぼれそうになる。何かを得るために何かを失うという選択は、残酷以外の何者でもなかった。
「それにね」
 あずさが、白い指でそっと千早の涙を拭いながら語りかける。
「本当に私が千早ちゃんが必要なら、私はきっと千早ちゃんをおいかけるわ、何年かかってもね。千早ちゃんも、私が必要なら別れてもきっと迎えに来てくれるわよね?」
 子供のように泣く千早は、あずさの問いに「……はい」と頷くだけで精一杯だったが、二人の絆を確認するにはそれだけで充分だった。
「やっぱり、いいな……。自分も、こんないい友達持てて幸せだぞ」
 そんな二人の姿をみて、響も鼻水をすすりながらうるうるとして涙を隠そうともしなかった。
「響、当たり前の事をいうものではありませんよ。」
 響にハンカチを渡した貴音は、ゆっくりと二人の背中をポンと叩いた。
「進みましょう。私も響も、最後までついて参ります」
 その言葉に、あずさは微笑みで返し、千早は涙を止め決意をの眼差しを貴音に示した。
 そして、歩き出そうとした瞬間だった。

 大地が揺れた。耳をつんざく爆音がそれに唱和し、地面に火柱があがった。
「な、なんだっ」
 尻餅をついた響が、空を見上げると一隻の戦艦が鎮座し、火を噴いた砲門から煙があがっていた。
「あ、あれは」
 同じく空を見上げ、その戦艦を見た貴音は、戦艦につけられたマークをみて表情を強張らせる。
「なんで、こんなところに戦艦が」
「千早ちゃん、危ないっ」
 再び火を噴いた砲門が近くに着弾し、あずさは普段から考えられないほどの機敏さで千早を抱きかかえ地面を転がった。
 二度目の轟音が収まった後、続いたのは砲撃ではなく戦艦からの声だった。
「案内、ご苦労だったよ。地上の愚か者よ」
 その声に千早とあずさは聞き覚えがなかったが、空の住人の響と貴音には聞き覚えがあったらしい。
「貴音、アイツ……」
「ええ、間違いありません」
響が、自分の翼を素早く引き寄せ台風を吹き飛ばす勢いで空を駆け上がる。
 貴音も、自分の翼を引き寄せた後、千早とあずさに背中を見せつつ話しかけた。
「私と響であの戦艦を食い止めます。お二人は早く光の元へ」
「えっ、でもそんな、四条さんと我那覇さんがっ!」
「これは私達の役目なのですよ、如月千早。食い止めるだけなら危険はありませんので」
 必要最低限のことだけをつたえて、貴音は優雅にかつ疾風のごとく空に舞い上がった。
「千早ちゃん」
 空に舞い上がる響と貴音を心配そうに見つめた後、あずさは千早の方をうかがう。
「走りましょう、あずささん」
 千早に迷いはなかった。共に歩んでくれる仲間が、自ら選んだ道を否定する選択は、千早にはない。
 千早とあずさは、大地を力強く蹴り光に向かって走り出した。

「黒井殿、何故貴方がこんなところに」
 戦艦の周りを飛び回り、貴音は戦艦に向かって呼びかける。
「ふっ、四条貴音か。貴族の誇りを捨て卑民と繋がるお前に語る言葉などないわ」
 戦艦の拡声器越しに、黒井の侮蔑のこもる声が空に響き渡る。
「あの光が目当てかっ!」
 拡声器の音声に負けない位の声で、響が怒鳴った。
「あの光は、私の様な貴族が手にいれるものなのだ。あの光は楽園に私を導いてくれるのだからな」
 高笑いと共に聞こえる悪意の声に、響が激昂する。
「響、無理をしてはなりません!」
 強攻策で戦艦に肉薄しようとする響を貴音が制止する
 小型の砲門が響と貴音を追い払おうと断続的に砲撃を繰り返す間に、艦首の砲門が地の這い蹲る千早とあずさに照準を定めた。
「千早―!あずさー!」
 響の叫びで砲撃が止まるはずもなく、無慈悲な炎が地面にまっすぐ伸びた。

 後100歩もないだろう。光が千早達のすぐ近くにあった。
 息をきらせながらも必死に走る千早とあずさは、空から走る一発の砲弾が至近に迫るのを無視して、ひたすら走る。
 後50歩。もう間近という距離まで光が近づいたが、そんな千早達と光の間に、砲弾が着弾した。
 悲鳴を上げる余裕もなく、千早とあずさの身体が宙に舞った。
 直撃こそしなかったが、地面に転がり痛む体をなんとか二人は起こした。

「ハハハハハ、虫けらが私のモノに手を出すからだ」
 とどめをさすべく、黒井は最後の砲撃を命じようとした。
 だが、その命令が最後まで伝えられることはなかった。

 悪意のを撒き散らす空。人を傷つけ欲望を満たそうとする炎。
 希望の光は、敏感にそれを感じ取っていた。
 希望の光は、導くべきでない者を認める程寛容ではないらしい。 
 
 光が、螺旋となつて戦艦に伸び、突き抜けた。

「あれは……」
 戦艦が撃墜された光景に目を奪われる貴音。
「貴音っ!千早とあずさがっ!」
 響の声に、貴音は我に返り地面に目を向ける。
 
「あずささん、危険ですっ!」
 光に向かって手を伸ばそうとするあずさを千早が必死に押さえつけていた。
「千早ちゃん、でもっ、千早ちゃんの光がっ」
「私の事より、まず自分の事を心配してくださいっ!」

 kakimaster07-s.jpg



 千早とあずさがもみ合っているうちに、光は輝きを徐々に失いつつあった。
 そして、それに連鎖するように空に暗雲が建ちこめ、蒼い空は太陽の光を奪われていた。
 その雲は、ここだけでなく、世界一体を覆う程の規模で、太陽の光の代わりに、雷光が荒れ狂い、禍々しい光が空を引き裂いていた。
 千早達の上空には、人の住む町がなかったのだが、この場の全員に、雷光に撃たれ燃え上がる空の町の人々の悲鳴がはっきりと聞こえてきた。
「希望が……絶望に」
 貴音の顔に怯えの色がみえた。響も、いつもの快活さが消え、交差させた両手で肩を抑え、必死に身体の震えをとめていた。
 空の崩壊を、ここにいる全員が肌で感じていた。 
 目の前の弱弱しい光が消えかかる、千早を導く光が消えると同時に。
 千早は、意を決したように口を引き締めるとゆっくりとあずさから離れて、光に手を伸ばした。

 千早の意識が、光に飲まれた。

 光に包まれた世界の中、千早は世界の変遷を知った。
 人が空に住むようになったのは、空が楽園だったからではない。
 かつて人はまず海に生まれ、やがて地上が楽園だと錯覚し、地上に自分達の世界を築いた。
 やがて、愚かな人間は自ら争い、穢し、大地の恵みを搾り取り生きながらえてきた。心も穢れ、人は大地に絶望しか感じず、いつの日か空に憧れを抱き、楽園のある空に自然と安住の地を求めた。
 そして、大地は穢れたものとして捨てられ、人は空で歌い、踊り、日々を謳歌した。
 だが、汚れのない空でも、人々の心の穢れを清めるのは無理な話で、欲望にまみれた心が空をじわじわと侵食し、空に飽き足らない者まででてきた。
 人々は、逃げることしか考えなくなってしまった。

 そう、楽園は求めるものではない。自ら作るもの……

 空は今絶望に覆われている。
 逃げ場を求めて、彷徨う人々ばかりだ。

 そして、光は千早に指し示してくれた。
 楽園の場所を。

 光を受け継いだ千早は、迷える人々を指し示す力をもっていた。

 光が収束すると、相変わらず禍々しい光に征服された空に怯える世界があったが、千早は恐れず呼吸を整えた。
 そして、空を見上げ……迷える人々への道標を示した。
 
『風は天を翔けてく
光は地を照らして
人は夢を抱く』


 千早の歌声が響くと、貴音の表情に安らぎが生まれ、響の震えが
どこかに消し飛んだ。
 隣で一番千早の歌を聞いていたあずさも、千早の歌の神々しさに
恍惚の表情を浮かべていた。
千早の歌の導きは、この場にいるものだけではない。
怯え、逃げ惑う人々も雷光荒れ狂う空で確かな力を感じ、立ち向かう勇気を得た。
雲が裂け、一筋の光――荒れ狂う雷光ではなく、希望の太陽の光が地上に差し込む。
その太陽の光、千早の歌に導かれた人々が、大地に降り立ち、自らの足で歩き出した。

立ち向かう勇気を得た人々は、在るべき場所に還る

テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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足は大事。

まさか歌詞に繋がるとは思いませんでした。
色々と欠片は配されていたので気付くべきでしたね。

世間から見下されるマイノリティが鍵を手に入れ、
世界を変える力に、最も近い存在となる。
王道というか、真正面のストーリー展開だと思いました。
トリスケリオンPの作品としては、長めでしたね。
こういうのも、アリだと思います。
地上を歩いてる貴音・響は歩いてる最中、飛翔機体をどう持ち歩いてるのかとか、
この後世界はどうなるのかとか、気になる点が山盛りですね。
週間連載3ヶ月で第1巻、みたいな所だと思います。
ぜひいつか、同じ世界のその後を見てみたいなぁと思いました。

No title

ガルシアP>
草案練っているときに、千早の歌をBGMにしていたら アルカディアにつながるなぁと
思って 話がそっちに流れていきましたね 千早の歌は特に色々イメージしやすいなと毎度
思います

今回は本当にイメージに素直に、思いつくネタを色々いれてみた感じですね
小物とか 飛ぶわけとかいろいろと考えてみました

『羽』の扱いとか、この世界の復興話とか色々設定だけはあるので
いずれやってみたいなとは思っています 設定って考えるのも楽しくて
それを膨らませるのがさらに楽しいですねぇ
プロフィール

トリスケリオンP&ふるぷら~んP

Author:トリスケリオンP&ふるぷら~んP
主にニコニコでアイマスMAD作成中
結構適当

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